1. 江藤賢治さん(ビストロ・シェケン)
- shibatashoten
- 2016年6月3日
- 読了時間: 8分
プロフィール

1967年生まれ。
86年大阪阿倍野辻調理師学校入学以降、フランス料理の道を一筋に歩んできた。88年ホテルオークラ神戸オープニングスタッフに。91年〜93年フランス修業。96年、「ビストロ・シェケン」独立開業。2006年自然派ワインバー「ア・レタージュ」開業。07年、郊外にフレンチ総菜店「カンティーヌ」開業。10年ワインショップ、11年「シェケン」(下通から移転)を総菜店の両隣にオープン。
僕たちは、
もっと強くなれる。
熊本地震の震源地であり、大きな被害が報告された益城町と隣接する熊本市東部の住宅地。市内ではよく知られる全長1.5kmほどの桜並木に面して、突如フランスの街角が現れたかのような店構えで3軒並ぶビストロ「シェケン」、フレンチ総菜店「カンティーヌ」、自然派ワイン専門店「レクサゴン」がある。
この3店を営むのは、調理師専門学校時代からフランス料理一筋に歩んできた江藤賢治さんだ。今年で独立開業して20年。地方都市の郊外でありながら本場志向のフランス郷土料理を提供し、市内の常連客はもちろん県外からもお客がやってくる人気店に育ててきた。
14日の地震の夜も、ちょうど最後のお客を送り出したところだったという。
営業終了の直後、
激しい揺れが
スタッフと片付けでもして帰ろうかという矢先、店全体が大きく揺れました。ひとまず身の安全を確保しようと外に出ましたが、その間にも携帯電話と車のセキュリティアラームが響き、これはただごとではないと。
いったん揺れが落ち着いたので店内の様子を確認したところ、ワインセラーがずれてバックヤードへの通路がふさがれ、壁にディスプレーしていた空のワインボトルは床に落ちて粉々に割れていました。しかし自宅にいる家族のことも心配だったので、その晩は店は施錠だけして帰宅しました。

翌日落ち着いて確かめると機材は破損もなく、皿やワインも無事だったので、とにかく破損したボトルなどをかたづけ、「明日からは営業できる」と、夜分に帰宅。2度目の大きな揺れ、いわゆる“本震”が来た16日未明には、ちょうど自宅で横になろうとしていました。
このときには電気ガス水道のライフラインがすべてダメになり、家の周りのブロック塀も倒れ、屋根瓦も落ちてしまったんです。店のことが気になりながらも、とにかく家族を守ろうと。店に来たのは、翌日17日のことでした。
この日は大雨だったので雨漏りがすごくて、壁一面にシミができ、床は水浸し。外壁も一部はがれて崩落していました。14日は持ちこたえたワインセラーも倒れ、これは自分一人ではとても復旧できないと思う状態でした。
まさかと驚いたのが、鋳鉄の鍋の取っ手が折れていたこと。じつは僕は20年前の阪神大震災も経験しているので、そのときのことも考えると、これはしばらくライフラインも厳しいだろうと、すぐに思いました。

自分の生活の立て直しを、
第1歩に
地震後、江藤さんが最優先したのは、とにかく自分の家族と2人のスタッフの生活の立て直しだった。
どのスタッフも無事はすぐに確認できたが、自宅は江藤さん宅と同様の被害があったそう。いずれにせよ店舗のライフラインも途絶えていたので、まずは当面休業と決め、それぞれ自宅の復旧に専心。店舗に関しては、冷凍冷蔵庫の電気が切れてしまったために、最も急を要する食材の整理が最初の作業となった。
とにかく食材をダメにはしたくないと思い、冷蔵庫の食材は運び出して、自宅のご近所さんと4家族で集まってアウトドアで焼いて食べました。
すぐ近くの益城で大変な被害が明らかになっている時期だったので、「こんな時に」とは思いましたが、そのまま腐らせるよりは食べて頂きたいと。皆さんライフラインが止まって食事の支度には不自由されていたこともあり、小規模の炊き出し感覚でした。
こんな非常時に普段でも食べられないようなお肉を…などと喜ばれ、ご近所との距離がぐっと縮まったように思います。また電気の復旧は自宅のほうが早かったので、冷凍品は自宅の冷凍庫に避難させることができて、無駄が出なかったのが何よりでした。
スタッフ2人と僕、家内の全員で店に集合することができたのは、本震から5日後の21日。まずは再び落ちてしまったボトルを掃除したり、揺れて移動してしまった家具やショーケースを戻したり、店の片付けからスタートしました。ワインセラーは倒れたものの、中身は全部無事だったのは不幸中の幸いでしたね。
単純だけれど、
考えるべき備えとは
店の被害を振り返ってみて、阪神大震災の経験が生かされたなあと思うのは、主要な家具をL字でビス留めしてあったこと。ガラス扉の食器棚など、これで倒れずに済んだと思います。
一方、地震保険を全く考えていなかったことは悔やまれます。水害や風災はカバーしていたのに、地震は入っていなかったんですよ。
九州では、台風の被害は毎年のように起こりますが、まさか地震がという気持ちもどこかにあった。もちろん地震保険に入っていたとしても、一部損壊ぐらいではたいした補償はないのでしょうが、今後の検討事項です。
営業再開は、4月25日。まずは総菜店での物販からはじめ、定番のテリーヌを中心に店に並べるとともに、従来から行っていたヤフーショッピングでのネット通販も再開させた。
29日にはビストロも再開。休業明けの時期なので材料の仕入れや仕込みを安定させたいという考えから、昼夜統一のコースだけにメニューを絞り込んだ。「振り返ると、できる範囲で無理せずスタートさせたのはよかったと思う」と江藤さん。力を入れたのは、県外のお客とつながるネット通販だ。
“外向き”通販が、
いま経営の助けに
地元のお客さまは、やはりこんなときなので基本は自粛モードです。ただ、本震の2日後から「営業はいつから?」とお問い合わせをくださったお客さまも。地震の被害で外食どころではない方も多いのですが、経済を回すことも必要だと思いますから、難しいです。
一方の通販は、県外の仲間が宣伝してくれ、支援的な意味あいもあるのか、パッと注文数が伸びました。所属しているサイトが、地震後に熊本のショップへの支援として送料無料キャンペーンをしてくれたので、それも奏功したと思います。
もちろん、通販だけで実店舗の売上げをカバーできるわけではありませんが、地震直後という危機的な状況で一定の売上げがあるのは有難いことです。そもそも震災前から、県外のお客さまにも買っていただける通販を伸ばしたい思いがありましたが、内需が弱っている今、より一層、通販を頑張らなければと考えています。
物流が本格的に復旧した5月半ばからは、ビストロでも昼夜別価格、各3種の従来のコースメニューに加え、全30品以上のアラカルトメニューも復活させた。
調理師学校時代の同級生である東京・銀座「マルディグラ」のオーナーシェフ、和知徹さんによる応援ディナーや神戸「スポンテニアス」のサービスマン三木まろむさんによる“1日店長”の夕べなど、応援イベントも開催。少しずつ、店は元気を取り戻している。しかし、江藤さんはさらにその一歩先を見る。

今回、心から痛感したのは、長崎の「アンペキャブル」大坪慎一シェフをはじめとする友人の有難さ。大坪さんは、熊本で僕らと一緒にする炊き出しのために、現地から料理を持ち寄ってくれたり、地震の渦中にある熊本の僕らができない部分をたくさん担ってくれました。自分だったら、ここまでできるかなあというぐらい助けてもらったし、力をもらいましたね。
近くの農家の方々には店の復旧を手伝ってもらって、僕のほうも農作業を手伝いに行ったり、地震後さらに緊密に行き来しています。またヴァン・ナチュール(自然派ワイン)のインポーターさんとか仲間からも、物質面でも精神面でも支えてもらいました。
イベントなどで駆けつけてくれた旧友のなかには、何十年ぶりに会えた人間もいる。またイベントで知り合い、うちの常連の方が彼の店で食事したという話も聞きました。新たに生まれたり、改めて強くなった絆に感謝したいと思います。
目指すは、
全国に愛される食の街
ただ、重要なのはこれから。義援心から支えていただくだけではなく、今後につなげなくては意味がありません。ネット通販に力を入れるなら全国で認めてもらう実力が必要ですし、この店を全く知らない遠方のお客さまの厳しい意見を頂くことも、商品のクオリティを高めることにつながると思っています。
実店舗の評判も常にチェックされる時代ですから、もちろん実際に食べに来てくださったお客さまにご満足頂くことが前提。そしてゆくゆくは、観光客の方から「九州を旅するなら、夕食はぜひ熊本で」と思っていただける街にしたい。
秋には、2015年から九州の仲間と一緒にスタートしたヴァン・ナチュールのイベント「ナチュランネ」第2回を開催予定です。みんな地震の後で、思い入れがより強くなっている。特別な年ですから、きっと盛り上がると思います。
取材・文/坂根涼子
店舗情報

ビストロ・シェケン/カンティーヌ/レクサゴン
熊本市東区尾ノ上2-29-11
TEL: 096-360-1240(ビストロ・シェケン)
TEL: 090-3603-7537(カンティーヌ/レクサゴン)
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